我慢の時代は終わる?
人生がつまらないと感じている人々が増えてきている中で、その原因の多くは仕事だと言います。やる気なく取り組んでいる仕事はロボットにまかせて、我慢がいらない、自分の「ハマれる」ことを、遊びを楽しむように仕事ができる時代が、目の前に来ているのかもしれません。今回のコラムは、そんな仕事と遊びについてです。
仕事をつまらないと感じている日本のサラリーマンは8割以上にのぼるのだそうで、2013年にOECDによって実施された日本の労働者の1時間当たりのGDPを調査した結果では、フランス、イギリス、アメリカといったG7の平均値である56.8ドルを大きく下回る41.4ドルだそうです。(1)
かつて美輪明宏氏が言った、会社からの給料を「仕事への我慢料」と考えればつまらない仕事であっても耐えきることができるというのは、とにかく人の労働力が必要であった戦後の日本を象徴していますが、現在存在している警備員や建設作業員のような仕事の約49%が、人工知能やロボットによって代替される可能性があるとささやかれている今、やる気も低く生産性も低い状態で仕事を続けていれば、気が付けばロボットに仕事を奪われていたという日が現実になってしまうかもしれません。
↑そろそろ「仕事への我慢料」が支払われなくなる。
言い換えると、我慢の必要な仕事はロボットに任せて、自分が楽しいと思うものを仕事にしていくことができる時代と言うことができるようで、SNS株式会社のCEOで、小型民間ロケットの打ち上げを目指して奮闘している堀江貴文氏は、「興味のあること=ハマれるもの=遊び=仕事」であり、技術の発展によって人間しかできない仕事は減る代わりに遊びと仕事の線引きがなくなっていくため、興味の赴くまま子供のように遊び、好きなことにはまっている人がこれからの時代は仕事を得ていくと述べています。(2)
実際に、テスラモーターズとSpaceXのCEOで、火星移住への計画を考えているというイーロン・マスク氏がSpaceXで夢を実現させる仲間を採用する際に重要視するのは、その人が遊びに真剣に向き合っているかどうかで、ロボットコンテストで優勝しているとか、自動車が好き過ぎて自分で自動車自体を作ってしまったといった人でなければならないといいます。(3)
人生がつまらないと感じる原因は、仕事 ↑真剣に遊んでいるかが、採用するための大きな基準。
中年男性の72%が人生を「つまらない」と感じる頻度が増えていて、その原因の大半は仕事が原因と言われていることを見ると、実際、雇用される側から見ても「遊び=仕事」が成り立たないために、年を重ねるほど人生に暗雲が立ち込めるようになっていき、こうした「つまらない」人生を送っているうちに、うつ病のような精神的な病に侵される危険が高まっていきます。
まだ10代20代のうちは、物事に対する意欲やチャレンジ精神を高めてくれる男性ホルモン、テストステロンの分泌が盛んですが、その分泌量は20代から減少し始め、中年男性の中には仕事や家庭のストレスが原因でテストステロンが分泌しなくなっているケースもあり、順天堂大学医学部教授の堀江重郎氏は、テストステロンを高めていくためにスポーツのような趣味やゲームを仲間とともに楽しむことの必要性を提案し、このように述べています。
「テストステロンは社会の中で自分をアピールし、未知の世界に旅立たせる“夢と冒険のホルモン”」
↑時代が進めば、遊びが仕事になって興味はなくなる。
日々を思考停止状態ですごしている社会人は活力を失っていく一方ですが、日本マイクロソフト株式会社の元CEOである成毛眞氏は、陶芸や織物といった伝統工芸を仕事にしている職人達が仕事の愚痴も言わずに情熱的に働くことができる理由について、このように述べています。
「仕事につきもののやらねばならないという義務感、やらされているという強制感を感じないから、楽しく働けているのではないか。もしも今の仕事に義務感、強制感を覚えている人がいるなら、遊びでもそうなってしまうのは避けなくてはならない。」(4)
オランダの歴史学者であるヨハン・ホイジンガは、著書「ホモルーデンス(遊ぶ人)」で、「遊びとは自由な行動であり、楽しいから遊ぶということは人間にそなわる本能のようなものである」と述べているように、つまらないと感じる仕事に義務で取り組んでいるのは、本能を抑制された人間として不自然な状態なのではないでしょうか。(5)
↑強制されたら、もう遊びではない。
周りを気にせず、ひたすら純粋に楽しめることには人は自然と夢中になり、時間を忘れてしまうほど没頭するもので、この状態は「フロー状態」と呼ばれています。人がフロー状態の時にポジティブでな気持ちになるだけではなく、ストレスに強くなり、集中力やひらめき、そして発想力が高まるのは、モルヒネの6.5倍の鎮痛効果をもつ脳内物質であるドーパミンや、幸せホルモンと呼ばれるβ-エンドルフィンが分泌されるためです。
一流選手のうち79%は意識的にフロー状態を作り出すことが可能で、ある水泳選手は日本新記録を樹立した際、「とてもリラックスし、マイナスな気持ちは一切なく自然に泳ぐことができた」と自分の泳ぎを振り返っていますし、スポーツ選手がいい記録を出したり、素晴らしいプレイをしたときにはこの状態にいることが多く、没頭するほどのことに日常的に取り組んでフロー状態を頻繁に感じている人たちは、積極的に自分の人生を切り開いていく力がみなぎっていきます。
↑遊びから積極的に自分の人生を切り開いていく力がみなぎる。
実際に、フロー状態を経験する頻度が日常生活に与える影響について、学生を対象に行われた調査では、フロー状態を感じることが多い学生ほど、自尊心が高く、将来の不安を感じる頻度が少なく、将来の職業選択に積極的だったという調査結果があります。
真剣に遊ぶということの大切さ
イギリスの新聞紙「オブサーバー」に掲載された、アルベルト・アインシュタインの成功に関する考えでは、成功の方程式はA=X+Y+Zとなり、『成功』を意味するAは、X:『仕事』、Y:『遊び』、Z:『沈黙』を足したものなのだそうで、アインシュタイン自身、物理学者になっていなければ音楽家になっていたと語るほどバイオリンに打ち込み、演奏をすることを生涯の趣味として楽しんでいました。
学生のころに近所の家から聞こえてくるピアノのメロディーに感動したアインシュタインは、いてもたってもいられなくなってバイオリンを片手にその家に押しかけ、アインシュタインの裸同然の格好に驚いたピアノ奏者に「そのまま、そのまま」と言って演奏を続けさせ、一緒にバイオリンを弾いたというエピソードもあります。
↑アインシュタインは研究で行き詰るとバイオリンを弾き、仲間とコンサートをした。
仕事に本気に取り組んでいる奴は馬鹿であり、「仕事は適当に、遊びは真剣に」という考えを持っているタモリ氏は、付き人の芸人と一緒にプライベートでゴルフに向かっている途中でその芸人が道を間違えてしまったところ、普段は怒らないタモリ氏が、「もうカーナビなんて捨てちまえ!」と大激怒したといいます。
それだけ、真剣に遊んでいるからこそ、31年間続いた長寿番組に総合司会者として出演にするなどして、フジテレビの高視聴率に貢献し、「ビッグ3」と呼ばれるまでになったのではないでしょうか。
↑遊びを真剣にすることで、仕事がうまく回りだす。
デザインコンサルティングファームIDEOのCEOでデザイナーのティム・ブラウン氏は、大人になるにつれて失われていく純粋さや創造性を育んでいくためには、大人であることを忘れ子供のように遊ぶことが重要だと述べています。
それでも真剣に遊ぶには忙しすぎるという声が聞かれそうですが、大前研一氏は、世界一生き残り競争が過酷といわれるマッキンゼー・アンド・カンパニーで23年間働いていた時から変わらず、「一年の休日の計画を必ず年初に立て、この遊びを絶対すると決める」という習慣を続けることで、遊びを実行することができているそうです。(6)
↑真剣に遊ぶことが、未来を切り開く近道なのかもしれない。
春秋戦国時代に活躍した中国の老子の言葉には、「生きることの達人は、仕事と遊びに区別はつけず、好きなことに一生懸命になり、その本人がやっていることが、仕事なのか、遊びなのかは周りの人が決める」という教えがあり、つまり、一流の人たちは色々なことに興味をもち一生懸命に遊ぶことで、気が付いたらそれが自然と仕事に結びついているものなのです。(7)
仕事と遊びは分けて考えられがちですが、つまらない仕事に人生の約4割の時間をささげるのは勿体ないことですし、まずは自分の一番やりたいことに素直になり、大人であることを忘れ、夢中になって遊んでみてはどうでしょうか。